不毛紀行。

あること ないこと かきます

#20 読書記録「あの夏の正解」 早見和真

 

あの夏の正解

あの夏の正解

 

 元名門高校球児で作家の早見和真さんが、愛媛県済美と石川県の星稜、強豪2校の2020年”甲子園のない夏”に密着したノンフィクション。

私はプロ野球は好きだけど、高校野球はあんまり好きじゃない。時期になったらやはり結果は気になるけれど、中継とかを観たりしない。異常に神聖視されているというか、感動がやかましいというか…とにかく苦手だ。プロで活躍するであろう高校生が酷暑のなかで消耗していくのはいかがなものかと思う。
あくまで部活動なのだから他の競技の全国大会と同じような扱いでいい。

それなのになぜこの本を手に取ったんだろう。TBSラジオ伊集院光とらじおと」で作者がゲストで来たときの話が面白かった。高校野球を恨んでいる、ってはっきり言っていた。その人が2020年の高校野球をどう書くのか、高校生、指導者とどんなことを話すのか。

プロローグにある

もしかすると自分が欲しているのは 、高校野球や部活動にとどまらない、この頃な以降の世界を見定めるためのまったく新しい言葉なのではないだろうか。 

 この新しい言葉はどんなものになるのだろう。
この本で取材を受けている星稜高校の山内くんは、今ヤクルトスワローズプロ野球選手になっている。山内選手が5年後10年後に中心選手になっていたとしたら、野球というものを見せる立場として次の世代の子達になにを言うのかな。

ラジオで作者が高校球児たちを取材して印象に残った言葉は、
「甲子園がなかったから(野球が)楽しかったのかもしれません。」といっていた。
甲子園言語ではない、と。
作者の高校野球に対する恨みが強すぎる、ってたまに感じるところも少しあるけれどもやっぱり野球が好きで、強くとても現実的に甲子園に憧れていたんだと思う。

 

甲子園には魔物が棲んでいる、なんていうけれど甲子園自体が魔物なんだろうな。

 

#19 読書記録「終わりなき日常を生きろ」 宮台真司

 

オウム真理教地下鉄サリン事件は僕にとってあまり馴染みがない。そういう教団があって事件を起こした、というくらいしか知らない。子供の頃は今の時期になるとテレビで特集が組まれて事件を振り返る番組をやっていたと思う。

筆者の宮台真司さんは社会学者の人っていうのは知っていたけれど、この本では「世間ではブルセラ学者って呼ばれていますけれど…」みたいに書いてあって驚いた。
ちなみにブルセラで検索すると、「ブルセラ症」という感染症がヒットする。また少し賢くなった。

25年前に書かれた本なのだが、読んでいて今に通じていることが多いように感じた。でもハルマゲドンは起きなかったので、それは今も「終わりなき日常」が続いているということなのだろうか。

サブカルチャーからの視点や「まったり生きる」女子高生たちとの比較は面白い。
承認欲求って言葉を当たり前に耳にするくらいに、現在でも承認が求められていると思う。SNSYou Tubeで暴走してるひと、炎上してる人はめずらしくない。
今でも『宗教  =  危険』という考え方をする人がいる。一方で、オンラインサロンが流行ったりもする。ブランドを売り出すよりも、「ライフスタイル」が売られることが多くなった。『恋愛市場』という言葉を目にする。愛と性は切り離されて、売り飛ばされているわけだ。切り離さなければならなかった人たちのことを考える。
陰謀論SNSパパ活、オンラインサロン、Qアノン、You Tubeマッチングアプリとなんとなくイメージされるものを並べた。

25年前に書かれた本なのだが、「コミュニケーション負荷が個人にかかる時代」とある。現在でも、なにかにつけてはコミュ力と言われる。センター試験もなくなるんだか知らんけど、面接重視になったらやっぱり「コミュ力
そしてそうなると、「コミュ力」+  α になっていくと思う。
関係ないけど、グラビアアイドルが「おっぱいデカいだけじゃやっていけない」と言っていた。グラビア +  サバゲー とかグラビア+  アイドル みたいな+αの要素が必要になってきいるらしい。

そもそもコミュ力が低いやつはどうしたらいいんだ。
「大卒以上はあたりまえ」みたいな戦いになってきている。試合にエントリーすることすら許されない。そうやって社会から落ちこぼれていって、別の社会を見出すということだ。

この本を読んでる最中に、エヴァンゲリオンが完結したようでとてもタイムリーだ。

 

#18 結局何を食えばいいのかわからない

食事について考えている。私はそこまでこだわりがあるほうではない。「どうせなら毎日美味しいものが食べたい」とか「酒はマスト」とかそういうのはない。週1回外食でいいもん食べれれば幸せである。
それならもう好きなもの食べてればいいのだが、健康を維持しながらあわよくば痩せたい。そもそも現在健康なのか、といわれるとどうだろう。朝起きたときの疲労感。慢性的な眠気、年々ひどくなる肩こり頭痛。むむむ。

健康的な食事で痩せたい。糖質制限は去年チャレンジしたら8キロ痩せましたが、気を抜くとなぜか「麺」を異常に体が欲するようになりローソンのパスタとグラタンを買い漁ることになったのでトータルだと不健康減量法なのかもしれない。

「ゆる糖質 レシピ」で検索するといろいろな料理がでてくる。どれも美味しそうなのだが、正直そんなん作るのはめんどくさい。
そうなると、「健康的」「痩せる」かつ「手間いらず」な食事がベストだ。
この条件を満たしたカロリーメイト的な食べ物があれば毎日それでも良い。

現在の食事はというと、

朝にフルーツグラノーラとヨーグルト、
昼に玄米にレトルトカレー、たまにサラダが加わる。
夜はプロテインとスムージー
書き出すと痩せそうなメニューであるが、まずフルーツグラノーラをお皿にこんもり食べ、ヨーグルト1パック400グラムをたっぷりジャムで食べている。ちなみに昼の玄米は1合弱だ。問題は量か?

そもそも玄米って健康にいいのかわからない。「玄米 健康」で検索すると必ずネガティブな記事も一緒にでてくる。正直ここんとこをいい加減はっきりしてほしい。
ただ玄米を食べているとめっちゃウンコがでる。そもそも快便な方だったが、前にもましてキレが良い。

仕事的に朝食はしっかり食べたい。先月、朝食を食パンにしてみた。ピーナツバターが大好きで端っこまで塗りたくり、その上でベーコンやらジャムを乗っけて食べるので普通に太った。多分痩せる気はない。
食パンは買うのがめんどい。6枚切りがちょうど食べやすいので1日2枚で3日分。週2,3買い物に出るのはめんどい。住んでるアパートの前にコンビニがあるけれど、コンビニは誘惑が多すぎる。

ベストな朝食とはなんだろう。
フルグラとヨーグルトを適正な量たべるようにすると腹が減る。これにパンだと面倒だ。となるとサラダチキンか果物(バナナとか)を追加するのが良いのだろうか。
でもサラダチキンは意外と値段が高いし、バナナはこれからの時期は保存が難しい。黒くなると食欲をなくす。わがまま。もうナッツでも齧ってたほうがいいのかもしれない。

気が向いたら完全栄養食でも試してみようか。

#17 葬式は地域によってやり方がけっこう違う

父の葬式は、僕と母と葬儀屋さんだけで行われた。
葬儀屋の田中さんに、「故人の思い出の品や好きなものがあれば棺にいれてあげてください」と言われたが、なにも用意してなかった。というか父が好きだったものが何かわからない。母はすこし黙ったあとに、「台所に菓子パンがあるからいれてあげなさいな」と言った。菓子パンばっかり食べてたね、と少し笑った。

僕の中での、父は本当にろくでもない人間だ。定職につかず、1日中家にいるか、ミニストップのイートインか、イオンのフードコートにいた。同級生に、お前の親父がいた、と言われるのが嫌で嫌でたまらなかった。どれだけ惨めな思いをしたか。道に落ちている軍手を拾ったり、草野球の代打にでたり、飼い猫が迷子になってしまった家に似たような野良猫を売りつけたりしていた。最低の人間である。小学校5年生のときに、僕がすこしだけ好きだった同級生カエデちゃんの飼い猫が迷子になってしまったことがあった。父はやはり、どこかから野良猫を攫ってきてカエデちゃんの両親に売りつけようとしていたため僕は泣きながら、やめてくれと懇願した。だが父はそんな僕を蹴飛ばし、「善意は一番金になる。それがお前たちの社会だ。」と吐き捨ててから2回ぶった。この件とは関係なくカエデちゃんは6年生にあがるまえに引っ越してしまった。
中学1年の時、1度だけ母親に、なぜあんなのと結婚したんだと聞いたことがあった。その時も多分、同級生に親父のことをからかわれてむしゃくしゃしていたんだと思う。
母はただ一言、あなたが産まれてくるから、とだけ言った。

簡素な葬儀も終わり、父の遺品を整理していた。といっても持ち物自体少なかった。衣類は全部処分することにした。
手入れされてなくてカピカピになったグローブ、大量の自転車の鍵、1993とだけ書かれたカセットテープ、とよくわからないものだけが残った。カセットテープの内容だけ気になって、なにか知っているかと母に尋ねてみると、「2PACじゃない?あの人好きだったし」とのことだった。僕が生まれた年だったので、なにかすこし特別なものを期待してしまった。
父の衣類をゴミ袋に詰め込んでいく母に、「父さんと、結婚して良かった?」と聞くと、んなわけないでしょ、と即答された。

#16 プロ野球の開幕

緊急事態宣言が解除されて、繁華街では人が溢れているらしい。僕はといえば、会社かジムにしか行っていないためあまりピンとこない。仕事で車を使うが、交通量は明らかに増えている。花見シーズンだし仕方がないと思う。
色んな人がいろんなことを言う。ワクチン製造にお金をかけるべき、オリンピック中止するべき、飲食店は通常営業でも問題ない。SNSでも現実社会でもひとによって意見が違う。SNSと現実社会を分けてしまったが、今の時代はすでに一体化していると思う。ただ実名というかリアルで知っている/知らない程度の差。

そんなモヤモヤするなかで、プロ野球が開幕した。
この時期に開幕する、というあたりまえだったものが戻ってきて嬉しい。
金曜日はテンションが上りすぎて、会社の終業の1時間半前から仕事終わったモードを醸し出し、身の回りの片付けをし始めた。流石に上司、先輩は怪訝そうな顔をしていたがそんなのは関係ない。たまのわがままくらい許せ。
会社で1番年齢は若いが真っ先にタイムカードを切り、帰宅した。ちなみに社員の中で最も家が近い。最寄りのコンビニで、ビールとスナック菓子を買い開幕に待機した。
よく考えると、専門チャンネルに入っていないため試合映像を観ることはできない。
Twitterのタイムラインに流れてくる断片的な情報と映像を楽しむしかない。ただそれでも、楽しかった。
僕の応援する中日ドラゴンズは、めずらしく試合終盤に劇的な逆転劇をみせ、勝利した。逆転の2ランホームランをビシエド選手が打ったときには、震えながら泣いていた。先発の福谷が打ち込まれる中でリリーフ陣が支え、代打代走の控え野手の活躍も光った。開幕からこんな全員で勝ちに行く野球が観れるなんて思わなかった。
今年は、ナゴヤドームからバンテリンドームへと名前が変わるので1回くらいはバンテリンデビューしたいのもあるし、ドラゴンズショップの新しいお店がオープンするそうでこれもまた気になります。名古屋行きたい。

コロナで学んだことは、ライブやイベントは行けるときに行っとけ、ということ。

#15 卒業について

時間が経つのが早い。コロナ禍というのが始まってから1年が経つ。3.11の震災から10年が経つ。前にブログ更新したのが3月1日で、気づけば月末。桜も少しずつ咲き始めてきた。

都内を運転していると、今日は卒業式を行っている学校が多かった。レミオロメンじゃないけれど、卒業式って3月9日のイメージがある。小学校はすこし遅いのかな。
社会人になって、”卒業式”的なことはなくなってしまった。
僕の場合、「ラーメンにライスつけるの卒業する」とか「スチールラックは卒業する」とかその程度のものだ。アイドルの卒業とかアナウンサーが番組を卒業しますとか。仕事で長いスパンのプロジェクトをやっている人なんかは終わったときの卒業感はすさまじいんだろうな。

二十歳の頃、バイト先のおじさんと飲みに行くことがあって、そのとき僕は童貞だったのでそのことを打ち明けると、「そんなもんソープ行って捨ててこい」と言われた。
僕は童貞を卒業したかったのか、当時はどういう心境だったのだろう。池袋のおっぱぶに何度か通っていたからやはり女体への関心は高かったと思われる。
その後、実際にソープランドで童貞を喪失した。当たり前だけど、セックスしたからってその日から何かが変わるわけではない。同級生の童貞にマウントをとることもなく、なにか内から自信がみなぎるわけでもなかった。
それから何度かソープランドに行ったりした。そういう遊びを覚えただけだったのかもしれない。僕にとって童貞とはなんだったのか。ただもう戻ることはできない。卒業とはそういうものだ。

社会人でも5年に1度くらいなら卒業式があってもいいと思う。
人生の区切りとか節目とかそういうのがある方が気持ち的にはいいのではないか。
と思ったところなのだが、ちゃんとした社会人ならば恋愛や結婚、育児などで区切りだの節目はあるし、しっかりした職場なら昇進したり後輩ができたり、プロジェクトを完遂させたりそういった節目はつきものなのではないか。
そうなると急に「卒業式やりたい」とか書いてる自分が馬鹿らしくなってきた。

今の会社を卒業したいわけなのだが、次のステージの見当がつかない。

#14 ゾンビの前田くん

「あ、これ死んでますね。はい。」
予想外のことを言われてしまって驚いた。言葉を失う、とはこういうことなのだろう。
虫歯を放置してた時も、死んでますね、と言われた。それは神経の話だったが。

「死んでるっつーと、やっぱアレですか、そのご臨終的なアレですか。」
僕は動揺してアレアレ言ってしまう。対象的に医師は冷静だった。
「最近増えてきてるんですよね~。とりあえずまあ、防腐剤を出しておくんで、飲めるやつなんで。」
ロスタイムだと思ってね、そう言ってちょっとめんどくさそうに僕を診療室から出した。

病院の待合室は老人が多かった。
死んだのか、俺。と考えてみるが頭がまわらない。つまりどういうことなんだ。
たしかに、最近どこで検温しても「LOW」になるのは不思議に感じてはいた。ただ死んでる、ってそんなあっさり言われても。てかいつから。
そんなことを考えていると、受付の人に呼ばれた。

病院を出て、自転車で家に帰る。お腹が減った。スーパーに寄ろう。
「死んでもお腹すくんだ。」と呟いてみた。もしかして腐臭がするかもしれない、と思い腕とか手とかを嗅いでみるが、特にそれっぽい匂いはしない。そもそも嗅覚は使えるのか。スーパーに入ると、野菜とか果物とかの匂いがした。惣菜コーナーでは油っぽい匂いがした。鼻はまだ大丈夫なのか。
どうせなら好きなもの食べよう。値引きされていない寿司、焼き鳥、ビール、じゃがりこビーフジャーキー、どんどんカゴに入れていった。ちょっと高いチーズも買おう。どうせならワインも買おう。

レジ袋ふたつにいっぱいになってしまった。自転車なのにと少し後悔。
自転車置き場にいくと、顔を真赤にした50代くらいのオバさんがこっちに近づいてきて、
「これ!あんたでしょ!」とオバさんの自転車のかごを指差した。
そこにはハンバーガーのゴミ袋が入っていた。僕がぽかんとしていると、
「見てたんですよ!あんたでしょ!」とオバさんは叫び続ける。勘弁してくれ。
関わったら負けだと思い無視していても、やはり周りの視線は痛い。
警察呼びますよ、死ね、人間のクズ、ともう言いたい放題だ。僕は袋ふたつをもちながら、よろよろと自転車を漕ぎ出した。
もしかしたら自分はまだ生きているのかもしれない、そう思えた。

アパートに帰ってきて、病院でもらった薬をみてみた。朝昼夕食後2錠、普通の風邪薬と変わらない。先生は防腐剤とか言ってたよな。なにがなんだか。
とりあえず焼き鳥をチンして、お寿司を食べる。よく考えたら、最後の晩餐になるかもしれないのに、こんなスーパーの飯でいいのか。なんだかムカムカしてきた。さっきのオバさんのことも、いまさらになってムカムカしてきた。どーせ死ぬんだから、1,2発ぶん殴っておけばよかった。ビールを開ける。どうせ死ぬのなら、なにしたっていいじゃないか。ムカムカする。
チン、と音がなる。温まった焼き鳥をレンジから取り出し、一人で頬張っていると涙が出てきた。どうしようもなく、悔しく、涙がこぼれてきた。ドロドロのタレがついたうまくない焼き鳥、ぱさついた寿司、泣きながらとにかく食べ続けた。そうしないと死んでしまいそうだったから。ビールとワインで流し込んだら、気持ち悪くなった。
今日もらった薬も、いっしょに飲んだ。死んでなんかいねえよ、と呟いて寝た。

スマホのアラームで目が覚める。
思ったより二日酔いしてなくて安心した。喉はカラカラだった。
シャワーを浴びて、着替える。けれど会社に行く必要があるのか。
せっかくのロスタイムなのに。もう働く必要なんかないじゃないか。
馬鹿馬鹿しかったけれど、会社には行くことにした。明日は行かないぞ、と決心した。
結局、日々のことをこなしている方が安心するのだろう。
満員電車に揺られながら、目の死んだ乗客を眺めていた。この中にも自分と同じで、死んでるのにまだ生きている人間がいるのだろうか。死んでるみたいに生きている人間は多そうだが。小さいおっさんの後頭部がちょうど僕の鼻付近にきてとても不快だった。

会社に着いて、いつもどおり仕事をした。世間話もした。みんな僕が死んでるなんて気づいていない。と思う。上司から、「次の有給どうする?」と聞かれたけれど曖昧に返事をして終わった。明日はもう来なくていいやって思えた。
ランチの後、薬を飲んでると、同僚のヨシザワが心配してきたけれど、熱もないしただの風邪やから、と言っておいた。
コロナは禿げるらしいから絶対に罹るな、と冗談交じりに彼は言った。
会社の帰り道、後輩のサワダから、「緊急事態宣言あけたら飲み行きましょう」とメッセージが入っていた。
イヤホンを耳にさし音楽を流す。なんとなくトーキング・ヘッズにした。愉快で、ヒステリックで、好きだ。

最寄り駅を降りる。脳が揺れる。音が揺さぶる。
歩いていると、昨日の理不尽なオバさんをみかけたので、蹴飛ばして、顔を踏みつけた。
顔、顔、顔。とにかく踏みつけた。ビクビクと痙攣していた。それが止むまで僕は踏みつけ続けた。