不毛紀行。

あること ないこと かきます

#14 ゾンビの前田くん

「あ、これ死んでますね。はい。」
予想外のことを言われてしまって驚いた。言葉を失う、とはこういうことなのだろう。
虫歯を放置してた時も、死んでますね、と言われた。それは神経の話だったが。

「死んでるっつーと、やっぱアレですか、そのご臨終的なアレですか。」
僕は動揺してアレアレ言ってしまう。対象的に医師は冷静だった。
「最近増えてきてるんですよね~。とりあえずまあ、防腐剤を出しておくんで、飲めるやつなんで。」
ロスタイムだと思ってね、そう言ってちょっとめんどくさそうに僕を診療室から出した。

病院の待合室は老人が多かった。
死んだのか、俺。と考えてみるが頭がまわらない。つまりどういうことなんだ。
たしかに、最近どこで検温しても「LOW」になるのは不思議に感じてはいた。ただ死んでる、ってそんなあっさり言われても。てかいつから。
そんなことを考えていると、受付の人に呼ばれた。

病院を出て、自転車で家に帰る。お腹が減った。スーパーに寄ろう。
「死んでもお腹すくんだ。」と呟いてみた。もしかして腐臭がするかもしれない、と思い腕とか手とかを嗅いでみるが、特にそれっぽい匂いはしない。そもそも嗅覚は使えるのか。スーパーに入ると、野菜とか果物とかの匂いがした。惣菜コーナーでは油っぽい匂いがした。鼻はまだ大丈夫なのか。
どうせなら好きなもの食べよう。値引きされていない寿司、焼き鳥、ビール、じゃがりこビーフジャーキー、どんどんカゴに入れていった。ちょっと高いチーズも買おう。どうせならワインも買おう。

レジ袋ふたつにいっぱいになってしまった。自転車なのにと少し後悔。
自転車置き場にいくと、顔を真赤にした50代くらいのオバさんがこっちに近づいてきて、
「これ!あんたでしょ!」とオバさんの自転車のかごを指差した。
そこにはハンバーガーのゴミ袋が入っていた。僕がぽかんとしていると、
「見てたんですよ!あんたでしょ!」とオバさんは叫び続ける。勘弁してくれ。
関わったら負けだと思い無視していても、やはり周りの視線は痛い。
警察呼びますよ、死ね、人間のクズ、ともう言いたい放題だ。僕は袋ふたつをもちながら、よろよろと自転車を漕ぎ出した。
もしかしたら自分はまだ生きているのかもしれない、そう思えた。

アパートに帰ってきて、病院でもらった薬をみてみた。朝昼夕食後2錠、普通の風邪薬と変わらない。先生は防腐剤とか言ってたよな。なにがなんだか。
とりあえず焼き鳥をチンして、お寿司を食べる。よく考えたら、最後の晩餐になるかもしれないのに、こんなスーパーの飯でいいのか。なんだかムカムカしてきた。さっきのオバさんのことも、いまさらになってムカムカしてきた。どーせ死ぬんだから、1,2発ぶん殴っておけばよかった。ビールを開ける。どうせ死ぬのなら、なにしたっていいじゃないか。ムカムカする。
チン、と音がなる。温まった焼き鳥をレンジから取り出し、一人で頬張っていると涙が出てきた。どうしようもなく、悔しく、涙がこぼれてきた。ドロドロのタレがついたうまくない焼き鳥、ぱさついた寿司、泣きながらとにかく食べ続けた。そうしないと死んでしまいそうだったから。ビールとワインで流し込んだら、気持ち悪くなった。
今日もらった薬も、いっしょに飲んだ。死んでなんかいねえよ、と呟いて寝た。

スマホのアラームで目が覚める。
思ったより二日酔いしてなくて安心した。喉はカラカラだった。
シャワーを浴びて、着替える。けれど会社に行く必要があるのか。
せっかくのロスタイムなのに。もう働く必要なんかないじゃないか。
馬鹿馬鹿しかったけれど、会社には行くことにした。明日は行かないぞ、と決心した。
結局、日々のことをこなしている方が安心するのだろう。
満員電車に揺られながら、目の死んだ乗客を眺めていた。この中にも自分と同じで、死んでるのにまだ生きている人間がいるのだろうか。死んでるみたいに生きている人間は多そうだが。小さいおっさんの後頭部がちょうど僕の鼻付近にきてとても不快だった。

会社に着いて、いつもどおり仕事をした。世間話もした。みんな僕が死んでるなんて気づいていない。と思う。上司から、「次の有給どうする?」と聞かれたけれど曖昧に返事をして終わった。明日はもう来なくていいやって思えた。
ランチの後、薬を飲んでると、同僚のヨシザワが心配してきたけれど、熱もないしただの風邪やから、と言っておいた。
コロナは禿げるらしいから絶対に罹るな、と冗談交じりに彼は言った。
会社の帰り道、後輩のサワダから、「緊急事態宣言あけたら飲み行きましょう」とメッセージが入っていた。
イヤホンを耳にさし音楽を流す。なんとなくトーキング・ヘッズにした。愉快で、ヒステリックで、好きだ。

最寄り駅を降りる。脳が揺れる。音が揺さぶる。
歩いていると、昨日の理不尽なオバさんをみかけたので、蹴飛ばして、顔を踏みつけた。
顔、顔、顔。とにかく踏みつけた。ビクビクと痙攣していた。それが止むまで僕は踏みつけ続けた。